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「採る」から「育てる」へ ~古代文明における養蜂の誕生について~

2026年06月08日
「採る」から「育てる」へ   ~古代文明における養蜂の誕生について~

「採る」から「育てる」へ  ~古代文明における養蜂の誕生について~


今日は、養蜂の誕生について、ひもといていきたいと思います。

人間とミツバチとの関係は、「採る」時代と、「育てる」時代がありました。その境界線に何があったのか、なぜ人間は巣ごと蜂蜜を採るだけではなく、ミツバチを育てることを選ぶようになったのかについて考えていきたいと思います。(調べた情報を基に私見を織り交ぜながら話していきたいと思います。)


■ はじめに、「採る」時代の話から

スペイン東部、バレンシア近郊の山中に「クモの巣洞窟(Cuevas de la Araña)」として知られる岩陰遺跡があります。その壁には、約8,000年前のものと考えられる採蜜場面の絵が残っており、崖をよじ登る人物が蜂の巣に手を伸ばしているように見える壁画が描かれています。(年代推定には幅があります。)

 この絵を見てわかるのが、野生のミツバチの巣は高い木の洞や岩の裂け目にあることが多く、煙を使って蜂を追い払いながら、巣ごと蜜を取り出していたと考えられています。危険を伴う作業であっても、人間が蜂蜜を求め続けたのは、長い間、蜂蜜はとても重要な食料源だったのでしょう。砂糖が広く普及するのはずっと後の時代であり、それ以前の多くの社会では、甘味は蜂蜜や果実由来のものに頼っていたのかもしれません。


■ 転換点―「採る」から「育てる」へ 

いつ頃からミツバチを「育てる」ことが始まったのか。

古い記録として挙げられるのは、紀元前2400年頃のエジプトに遡ることができます。古代エジプトに描かれた巣箱のレリーフには、円筒形の巣箱や、煙を用いて蜂を扱う場面、蜜を容器に移すように見える場面があり、体系的な養蜂を示すものといわれています。(※1)。

 それでは、「採る」から「育てる」への時代の転換期に、古代エジプトでは、どのようなことが起こっていたのでしょうか。時代背景と共に考えていきたいと思います。

ナイル川流域で定住化が進む

紀元前6000年頃以降、ナイル川流域では農業と定住化が徐々に進んでいったとされています。エジプト統一(紀元前3150年頃)の時点での人口については諸説ありますが、100万〜200万人規模とする推定もあります(※2)。それ以前の小さな集落とは規模が大きく異なります。野生の巣を探して採集するには、広い自然の中を自由に移動できることが前提になりますが、農耕によって定住した人々にとって、野生の巣を採りに行くというよりは、今いる場所で「育てる」という発想に繋がっていったのかもしれません。これは、農業の誕生にも通じる流れとして見ることができそうです。

蜂蜜への需要が大きく広がる

定住と都市化が進んだ古代エジプトでは、蜂蜜の用途が多方面に広がっていったといわれています。食料・甘味料としてだけでなく、医療文書には蜂蜜を用いた処方が数多く見られ、宗教的供物や防腐処理との関わりも指摘されています(※3)。また、時代や地域によって実態には幅がありますが、蜂蜜が租税や貢納の対象になったことを示す資料もあります。中でも印象的なのは、王や神殿に捧げられた蜂蜜の規模がかなり大きかった点です。ラムセス3世期の記録には大量の蜂蜜供納があったといわれています。また、船や船の建造、塗料、結合剤としても使われていました(※4)。

転地養蜂をしていたという記録

当時の古代エジプトでは、蜂群を乗せた船をナイル川に浮かべ、花の開花時期に合わせて移動させる転地養蜂が行われていたようです(※1)。これは、現代でいう「移動養蜂」に通じる発想です。日本でも養蜂家は、トラックに巣箱を積み、レンゲ畑からアカシアの花へ、さらにトチノキへと、花を追いかけて南から北へ各地を移動します。そのような発想の原点が、古代エジプトにもあったのかもしれません。


■まとめ

古代エジプトでは、定住化が進み、さらに神殿への供物、医療として蜂蜜の需要が広がったことにより、多くの蜂蜜が必要になっていきました。こうした時代の流れから、しだいに転地養蜂にもつながり、蜂蜜を「採る」からミツバチを「育てる」発想へと徐々に変わっていったのでしょう。そして、蜂蜜は、しだいに古代地中海世界の中で各地に交易品として広がっていきました。人間とミツバチ。長い年月をかけて育まれた関係は、このような時代を経て、人々から愛される存在へと認知されていきました。

 筆者:専務 山田

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参考文献
(※1) 坂本文夫(京都学園大学名誉教授)「古代エジプトでの養蜂」ハチ博士のミツバチコラム No.34(京都市中京区発行PDF)
(※2)  OpenStax 世界史(古代エジプト)
(※3) PMC/NIH "Traditional ancient Egyptian medicine: A review" (2021, PMC8459052)
(※4) Heart Views journal "History of Medicine" (2002) / Papyrus Harris I
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